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リラックスヨガ

 投稿者:亜都子  投稿日:2018年10月23日(火)05時21分3秒
   今日で三回目。スポーツジムは音楽がうるさくかなわない。ヨガは音楽も動きもゆっくりでわたし向き。今日はこの二つのはしごになる。魚の三枚おろしの特訓をしている。節約生活には必須だとおもわれるので。とっかかり鯵から。町の料理教室でかなり有名な板前さんに教えていただいた。実質は相可高校の男の子に教えてもらったわけで、次回も参加しようとおもっている。  
 

ひとことは添える庭にはあるパセリ

 投稿者:亜都子  投稿日:2018年10月 9日(火)19時44分26秒
   この句が自分が好きであるにもかかわらず、二、三箇所に投稿したけれど抜けなかった。抜けないと、あっさり消す、忘れてしまう句がある。八割ぐらいはそう。句を作った時は、かなり高揚しているので、傑作だとメモするけれど、おおむね、時間が経つと、もう文芸をやめようとおもうぐらいに凡句、拙句でゾッとする。
 最近の傾向として、意味よりも「音」がここちいいと捨てられないような気がする。この句も解説をすれば、ご時勢として、みなさま、素っ気無いなと、少し批判の気持ちがある。それは、でも、自分の期待度とかが異常に高いのだと、私を基準にしてはいけないのだと思い知っている。と、そんな気持ちより、「ある」と「パセリ」の「あ」音の重なりがいいなとおもうのである。やや、変調気味なのも、この頃で傾向のような気がする。(美は乱調にあり)。
 早朝と夕方、合計四時間草取り。一姫から電話をもらうが、いそがしく早々に気ってしまう。草を抜きながらも、雑念がうずまく。もっぱっら、自己嫌悪だけれど、まぁ、それもしかたがない。とにかく、人に会いたくない。ので、かえって、行動は活発になっている。
 糸こんにゃくの白和えを肴にいっぱい。
 
 

朝ドラ 和泉雅子

 投稿者:亜都子  投稿日:2018年10月 5日(金)18時08分46秒
   NHKの朝ドラと同じ時間に民放で昭和の古いドラマを放映している。若かりし和泉雅子が主演で、これがおもしろい。和歌山の太地町が主人公の住む町で、目下着物のリフォームをしていることもあり、帯とかに目がいく。先日は鯨の模様の帯だった。旧弊の常識が基本で、そんなところがとてもおもしろい。和泉雅子は子持ちの美人未亡人で、年下の速水亮という二枚目の男優とからむ。と言ったって、牧歌的に生生しくなくて、それもおもしろい。このまえは鬼が城がロケ地だった。未亡人になる前の亭主はやたら女癖の悪い男で、これもなかなかよかった。(この人がどうして亡くなったか、そこは見逃した。おそらく、浮気相手の無理心中だとおもう)。NHKの安藤さくらのほうもおもしろそうだけれど、ここのところあの朝ドラの明るさにはついていけないので、現代ものは避けることにしている。
 まわりは樹木希林さんの話しが多い。「あきらめてあきらめきって樹木希林」という句を作ったことがあった。「き」を多用した句。一ミリみならって、捨てる服を細かくしてボロ布の収納箱を作った。
 ひと昔前に居られるのなら、そのほうが気楽だなとおもうので。とうぶんは、このようにとおもう。
 

激辛はもうたくさんで塩胡椒

 投稿者:亜都子  投稿日:2018年10月 3日(水)16時00分12秒
   今月のびわこ投稿句のひとつ。そんなわけで、地元の鯵の料理教室に申し込んだ。一度きりで、申し込みが多ければ抽選。膝痛がなおれば、山歩きにも挑戦しようかなとおもう。すべて、新しいこと。塩胡椒が料理であったり、山歩きということで。どうも、見知った人とのお付き合いが億劫である。激辛というのは個性的ということで、偏屈な自分で申し訳ないともおもうけれど。どんな時もあると慰めている。
 畑仕事とジム通い、着物リフォーム、読書。
 

通り雨流れ者ですわたくしも

 投稿者:亜都子  投稿日:2018年 9月25日(火)09時43分30秒
   この句がどんな経緯か忘れてしまったけれど、近所の知り合いの老人に知れた。朝のゴミ捨ての時に「「通り雨流れ者でござんすおいらも」だっけ?いいね。」おかしく、たいへんうれしかった。
 ゆかたでエプロンとボレロまで作ってしまった。ジムは化粧もせず、上下トレーナーで行くけれど、今日はこれを着た。着ると化粧もしなくてはいけない。と、友達に自慢しに行こうかなと行動が活発になる。鬱は鬱として、見かけ、そんなことをおもってくれる人もいないだろう。ゆえに、元気そうな人の中身もわかったものではないとおもう。
 

亡き母と決めてひとつの柿の実あり

 投稿者:亜都子  投稿日:2018年 9月23日(日)08時48分56秒
   パソコンもユーチューブも調子が悪い。ので、音楽を流そうとおもい、時間がたっぷりあるのでCDをアイウエオ順に並べ替える。ジムとプールには精勤に通い、合い間に着物のリフォーム、と読書。今日は庭の草取りもできるかもしれない。父方と母方のお墓参りも済ませる。
 そういえば、簡易仏壇の正面に掛けていた掛け軸(中宮寺半跏思惟像の写真)が落ちていた。画鋲ははずれていなくかったので、どうも不思議である。不思議なことはめずらしいことでもないので、以来線香と短いお経を頻繁にあげている。
 今日は一姫の引っ越しの日。八戸から、今度は埼玉に移る。四年ほど居たのだろうか。夫君は転勤族なので、ここもまた五年前後で移るのだろう。
 柿がおいしい。
 

共感疲労

 投稿者:亜都子  投稿日:2018年 9月15日(土)06時57分25秒
   五木寛之のエッセイを読んでいると出て来た言葉。金属に金属疲労があるように、人にも共感疲労があるというもの。震災をきっかけのように、次から次に災害や事件が続く。と、関係していない個人にも鬱傾向が滞るという。なるほどとおもう。職場でも身近な人にも暗雲のようにこの気分がおおっているような気がする。  

ドクダミや十薬などと呼ばれ白い

 投稿者:亜都子  投稿日:2018年 9月14日(金)08時25分6秒
   雨続きで庭仕事ができない。こぼれ花投稿済ます。
 読書、一日一冊は五木寛之のエッセイを読んでいる。鵜殿図書舘に足しげく通う。
 悪鬼のせいで、当分、熊野方面に足が向かない。
 当分だ。生きていれば、どんなことだってあるのだ。
 

悪霊

 投稿者:亜都子  投稿日:2018年 9月12日(水)20時04分2秒
   五年に一度くらい、これにトリツカレタとしか思えないような事件が起きる。ここには書けないから事件である。ゆえに、スマホを壊してしまった。ゆえに、体操クラブ以外は家に閉じこもっている。それも、部屋を両親の形見でうずめている。母の胎内にいるようで、落ちつく。ここで再生をしているのだ。
 図書舘で借りた本を読むだけの日々であるが、五木寛之の下山の思想の通り、残りの生の生き方を模索している。そういうアンテナを立てていると、やはりこのアンテナに引っ掛かるものが出て来る。つまり、悪鬼はまた真逆の神様の使いだったりするという真理が見えて来る。無い人にはないのだろうけれど、これも難儀なことである。
 あれだけ介護に熱意があったのに、もはやすっからかんである。お金の切れ目だったんだろうかとおもう。そこまで言うと自分がかわいそういであるが。
 スマホからの解放、お金からの解放はたいへんな自由である。燃費のいい愛車イースはガソリン代を気にしなくてもいい。無駄な一往復があっても平気なのだ。そうして、時間だって効率を考えなくていい。
 定年退職で海外旅行などというのも、わたしには無い。枕が変わると眠れないので、まったく旅行には向いていない。熊谷守一のように自分の家の庭だけで後半生を終わりたいぐらいのことである。寝たきりにそなえて、庭を充実させるのもいいかもしれない。一姫と二太郎に「もう、仕事はいいよ」と言われて、また大変気が楽になった。思えば、わたしに専業主婦時代はなかったのだ。雨の音も悪鬼のいたずらで萎えた神経をほぐしてくれる。サンキュだ。
 

平泳ぎ

 投稿者:亜都子  投稿日:2018年 9月 5日(水)11時56分18秒
   整形医から、昨年この泳ぎを禁止された。股関節痛を訴えたからだ。以来、クロールしかやっていない。それが、このごろ通い始めたオバサンジムの若きインストラクターが「だいじょうぶですよ」と言うので、また泳ぎ始めた。やれば泳げる平泳ぎだったのだ。もう、一生、と言っても残り少ないが、平泳ぎは出来ないとあきらめていた。階段の昇降なども少しスムーズになった。おそるべき筋肉トレーニングである。これで、勢いがつき、身体トレーニングに拍車がかかった。このぶんでは、長生きするかもしれない。難儀なことである。  

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