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弥勒菩薩

 投稿者:亞都子  投稿日:2017年 5月17日(水)06時28分42秒
   下記訂正・・・「なんと」→「なんとか」。
 弥勒菩薩の夢を見る。残念ながら「お告げ」ではない。名刹の廊下にいろいろな仏様が彫刻されていてさわれるようになっていた。木のリングで取れないようしてあったけれど、ある箇所のははずれていた。持って帰ろうとたくさん集めたけれど、やはりいけないことだと元に戻した。そうしたら後からの人がそれに気づいて持ち帰ろうと躍起になっていた。その寺の土産物屋に弥勒菩薩のポストカード入れがあり、値段を聞くと三万円を少し越えていた。高いなぁとあきらめた。そんな夢だった。
 神父さんに連絡を取りたい人がいて、そのことを電話しないといけない。一昨日は居なかった。原則、携帯電話での連絡はしない。昨日はなんとなく電話もしたくなくてしなかった。ほんとうにこんなことはめずらしい。仕事での会話はいつもと変わりがない。距離の近い人とは話しが億劫ということだろう。
 オカトラノオの鉢植えが三つ貰われて行った。まだ六つある。空の鉢をさがしてもう少し移植の予定。キンポウゲは抜いたり切ったりして、庭が整頓されて来た。アスパラと向日葵の添え木をした。
 山は「コガクウツギ」が咲き出した。
 一姫から届いたうすいピンクのガクアジアイがきれいで、暑中見舞いの絵にいいかなと思う。どうなるかな。
 
 

鯛の骨

 投稿者:亞都子  投稿日:2017年 5月16日(火)20時08分52秒
   が喉に刺さった。煮付けた残り汁の卵とじに入っていた。なんと取れたが今日一日痛かった。災難は紙一重。  

ホタルブクロ「

 投稿者:亞都子  投稿日:2017年 5月15日(月)20時04分59秒
   句に「ゴルゴダ」を入れたので、それをパソコンで検索。と、その前にブラジルの巨大なキリスト像が出て来た。父と母、兄は見たにちがいない。わたしは生後半年ほどで帰国したという話しなので、母のお腹の中か、サンパウロのアパートから拝んだか。それにしても、キリスト教とは縁が深いと思う。
 生後半年でそんな遠方に居た、たぶんそんなこともあって旅に興味が目下ない。南は山陰の「玉造温泉」まで(新婚旅行だった)。今回も一姫が青森に在住していなかったら、わたしにははるかに遠い異国である。
 すでにもうある運命をたどっているだけのような気がする。だから、どうころんでも、一姫と二太郎がすこやかであればそれでいいと思う。外的な世界が、それを脅かさないようにと、それは基本。
 一日中、ほとんど草を抜いていた。
 「ホタルブクロ」が三分咲き。合い間、休憩時には佐野洋子の「神も仏もありませぬ」、エッセイを読む。呵呵大笑。佐藤愛子とは、また別の笑い。「食べる」を「食う」と書き、下品ではない。本人は下品でブスだとたびたび書いている。上品だとは思わないけれど。下品でもブスでもなく、「すごいナァ」と思う。こういう人が受けるというのはうれしい。きっと、黙した、芸術などに走らぬ庶民はたかだか百年ほどの寿命に、顕示欲のような、邪欲に走らず、植物のように「名も無く」生きているのだろうと思った。
 テレビは最悪のような気がする。酔っていますので。
 それにしても、アクセス数が多い。顕示欲は、やはり、あまり美しくない。で、半分しか、この世をあまり生きたくないと思っている。
 

(無題)

 投稿者:亞都子  投稿日:2017年 5月14日(日)20時53分14秒
   青森句会の題詠を明け方作った。(ぼちぼち準備しないといけない)。「南」「塊」「九」。おのおの二句ずつ。そのせいか、気候のせいか一日不調。
 一姫から「母の日」の花が届く。薄いピンクのガクアジサイ。スマホも届く。
 
 

予報通り雨

 投稿者:亞都子  投稿日:2017年 5月13日(土)06時28分36秒
   キンポウゲが咲ききったので晴れたら茎を切りたい。向日葵やトラノオが咲くのを待ちかねている。毎朝座禅をしている。青森から帰ったらまた太極拳を再開してもいいなと思う。  

気分は青森

 投稿者:亞都子  投稿日:2017年 5月11日(木)20時40分51秒
   一応、主婦なので約ひとつき家を留守にするとなるとかなり忙しい。風呂、トイレを丁寧に掃除。カビキラーの匂いで気分が悪い。で、こんな時にトイレの簡略リフォームをしたりする。過去五年、家を空けたことなど夢のようである。で、もう暑中見舞いの予約のハガキが着いたりする。「蛇結茨」は川原に下りて見たけれど、エッフェル塔に身ひとつで登るようなものだと簡単にあきらめる。その前に家の近くに咲いていたのを見つけ、一枝いただいた。一枝だけでも、とても苦労した。ガードレールを跨ぎ(あの高さは微妙に気を使う高さ)、クラクションを鳴らされ、薔薇の棘を何十倍にもきつくしたような枝。でも見事に美しい。
 庭ではジャーマンアイリスの濃い紫が咲いている。牡丹は七部咲き。花に囲まれ浄土のようである。
 

オカトラノオ

 投稿者:亞都子  投稿日:2017年 5月10日(水)15時05分35秒
   通り道をふさいだものだけをとりあえず植木鉢に移した。昨日の雨でもう生き生きとおおかたは根付いた。十鉢ほどもある。今年の貰い手はどんな人か。
 プールに行く道すがらの川岸に名前は知らないけれど好きな花が咲いていた。昔、庭に植えようと奮闘したが、あまりの棘のきつさに残念した。その花を植えている人が居た。これはよほど好きではないと棘がほんとうに刃物のようであった。「よく掘ってきましたね」と驚嘆したことだった。川岸なら山のよりは取りやすいかなと思う。ネットで栽培の方法などを検索しようと思ったけれど名前がわからない。電話で聞いた。「蛇結茨」というそう。「・蛇」がつくのでいやだナァと思うけれど。迷っている。
 花がとりもつ縁である。
 

念を押される

 投稿者:亞都子  投稿日:2017年 5月 9日(火)20時47分50秒
   「母さん、うちにはアルコールはありませんからね」「わかってますよ、○○くん(夫君)は下戸でしょ。まさか、そんなところで飲めません。いいですよ。そのためにプールに行くんですから。それよりもね、荷物を軽くしたい。一番嵩張るのはお風呂セットです。一姫のを小分けすればいいよね」「全身一本でいいのがあるよ、いや?いやだったら用意しとくよ」「なんでもいいです」。
 三週間アルコール抜きはきついので、水泳の後にビールぐらい隠れて飲むかもしれない。
 それにしてもグリンピースは高い。地場産の市場で?いて売っているけれど手が出ない。三合の豆ご飯に入れる量、およそだけれど三百円する。無人市の二百円を買って作った。旬のものはなんでも美味しい。
 

下記 感想

 投稿者:亞都子  投稿日:2017年 5月 8日(月)19時59分59秒
   少しいい。赤裸々に正直で。つまり、わたしにとっての文芸はこれしかないのかもしれない。佐野洋子は河合隼雄に「わたしがなにか言うと男がぶっ倒れることがあります」と訴えた時
「それは洋子さんがあまりにほんとうのことを言うからです」と答えた。佐野洋子の魅力はそれだし、佐藤愛子、瀬戸内寂聴・・。山田詠美は巧みだと思う。ちまたのオバサンの感想ですから。で、井伏鱒二の「山椒魚」です。太宰治は友達には嫌。「おまえ、体操しろ、B&Gで一キロ泳いでから小説書けよ、おまえの小説を読んでおまえのように心中する奴がいるかもしれないんだよ、生まれてきてすみませんでしたなんて、赤ちゃんが思うかよ、ものごころついてから思った?そんなのは病気、それを正常だと思う奴も出てくるんだよ、そういうことを考えろよ」かな。会話ではやわらかく女言葉かもいしれない。
 正常にもどして、マイナスな気分も人にはある。なんたって「宇宙」だから。でも、バランスとしてプラスは当然ある。それは、あなたがしあわせだからとオバサンは言うけれど、わたしにも「宇宙」はあって、それほど能天気でもないかもしれない。そんなことは誰にもわからないと思いますよ。簡単に「しあわせね」なんて言うなです。「つるさまはおしあわせね」。
 

月曜日 定休日

 投稿者:亞都子  投稿日:2017年 5月 8日(月)19時33分37秒
   昼頃から冷酒を飲んでいる。五木寛之と梅原猛の「仏の発見」は読了。次に寂聴さんの本も。道元がいいかなと思いユーチューブで検索。間違って空海に至った。道元の福井県の永平寺には行ってみようかなと少し思う。なにせ、見た目ほど健康ではない。空海の高野山は行った。膨大なスケールの大きさに圧倒された。金持ちや権力者の弔いかとがっかりしたが、片隅に庶民の墓石もあった。貧乏人のひがみかもしれず、とにかくポピュラーな人の力はすごいと思うので、お金のあまり無いこの状況に負けてはいけない思う。(それを言っても信用しないのがオバサン。「まぁ、そんな、うそばっかり、ご主人もしっかりしてらして、お子さん達も順調で」「・・わたしはあまりうそはつきません。わたしが働かないと食費が出ません」「またぁ、冗談ばっかり」。もう、このあたりで、萎える。どうしてオバサンというの空中遊泳の会話をするのだろうと、少し宇宙人化してボッーとする。もう正気に戻りたくないとそのままボッーである。このあたりを内省している。で、目下頭痛がひどく→飲酒。いつもの図式。こういう繰り返しなので、オバサンとはなるべく話さないと決定。葡萄の芽吹きのほうが精神にいい。
 まぁ、結局、このごろの鬱の原因を探ると、文芸も「顕示欲」「自己承認欲求」ではないかというおもいにいたり、こんなブログもやめ、ただひたすら葡萄棚や植物と同一化したいなどと一面のこころの植物化である。
 賀状を調べ、川柳の先輩とは話しが出来た。「お金にならないから嫌気がさしたのかもしれません」と本音かな?を洩らす。もうひとりの大先輩にこんなことを言ったら一喝「そんならやめなさい!」だと思う。怖いので電話が出来なかった。怒られたい欲求もある。
 それにしても空海。金星が口に飛び込み、それからの密教三昧なんだそうだ。でも、所詮男だから好戦の遺伝子とか権力欲とかあったんじゃないかと思う。あの巨大な建造物は異常だ。では、最澄の延暦寺などはどうなのか?永平寺なんかも大きいのだろうか?
 そんなこんなでひさしぶりの深酒。
 鬱気分が、つる様の「おもいつくまま」で霧消した。つまり、文芸関係が苦手なんだと思う。さっさとやめればいいと思うけれど、婚姻のように継続している。この謎を駄文にしたいと頭が奮闘している。
 が、「キリストは遠い親戚○釈迦は叔父」は天才を産んだように思っている。我輩はその生母である。凡人の半ばはボケたオバサンである。なかはられいこさんの評「・・・ここまで大風呂敷もひろげられると呵呵大笑・・・」は遺憾である。が、一等賞であるからいいのだ。美空ひばりは産みの母で桃井かおりは育ての母ですという風呂敷ではない。つまり、社会性のないわたしがテロとかを憂いた。進んで、身近の人との関係のこじれた感じを詠った。みな、その人の宇宙の中にいる。コミュニュケーションがうまく行くというのもある幻想でもあるとは思うけれど、そこまで疑心暗鬼にいたっては病気になってしまう。それはそれ、いい気持ちの時も稀にはあるということ。それは、基本、やっぱり「愛」しかないと思う。
 わたしにはあまり関係ない。だって、わたしは本当は文芸は嫌いで、「愛」なんか、とうの昔に横目で捨てた人だからね。
 

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